レスポアールと生涯学習
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真っ赤な彼岸花が畦道を飾る田んぼでは、澄み渡った青い空の下、湿り気のない爽やかな風が黄金色の稲穂を揺らしています。勉学の秋・読書の秋の到来です。この時期、レスポアール久山は、レスポ塾、歴史講座、読書会、歌声喫茶などの毎月のイベントのほかに、久山町の一大イベント「『生涯学習』フェスタ・祭りひさやま」や「図書館まつり」など秋の事業の準備に大忙しです。
レスポアール久山は、条例で「地域住民の『生涯学習』及び学術、文化の振興並びに文化の情報発信拠点としてその普及振興を図る」ことを目的としているいわゆる「生涯学習」施設です。この「生涯学習」という言葉は、日常的に使われる言葉ですが、その中身は単に「生涯にわたっての学習」にとどまらない内容を含んでいます。これまで「社会教育」と呼ばれていたものが「生涯学習」と呼ばれるようになって久しくなる中で「社会教育」「生涯学習」という私たちにとって大切なこの言葉の本来の意味がよく理解されないままで使われることが多くなってきたような気がします。
この二つの言葉は、全く異なる時代背景の中で生まれた言葉です。「社会教育」は、戦後まもなく日本で作られた言葉であり、概念です。戦争で大切な多くのものを失い、傷つき疲弊した国民が、希望と活力を取り戻し、荒廃した国土や社会を立て直すことが終戦直後の我が国の大きな課題でした。当時文部官僚であった寺中作雄氏は、戦前の教育の反省を踏まえ、まず国民一人ひとりが主体性を持つことが求められており、そのためには、押し付けでない自発的学び合いが必要であると考えました。そして、その環境を整える施策として昭和24年(1949年)に社会教育法が制定されます。身近な生活の様々な場面で、国民が相互に学び合えるように「公民館」をはじめとする学習施設の設置や充実を図ろうというものでした。
一方「生涯学習」という考えは、1965年(昭和40年)にパリで開催された第3回成人教育推進国際委員会でポール・ラングラン氏(仏)が出した報告書「Education permanente(永久教育)」を機に議論されるようになった教育施策です。彼はこの中で、急激な社会変化への対応や当時の学歴偏重社会の弊害への対応策として、学校教育だけではなく人々の生涯の各時期にそれぞれの場所で適切な教育が受けられるような体制の構築を主張したのです。この主張は世界的な議論の中で「Lifelong learning」として世界に広がり、日本では「生涯学習」と訳され受け入れられます。しかし、その中心内容である生涯の各時期の教育を統合した「新たな教育体系の構築」には至らず、学校教育以外の教育としての日本の「社会教育」を生涯にわたって学び続けるという文脈で「生涯学習」と言い換えて使用することが多くなっています。
レスポアールでは二つの言葉の本来の意味を踏まえつつ「生涯学習」事業に取り組みます。

久山町文化交流センター
センター長兼図書館長 太田隆晴