煩悩
コラム用(R02.01)

明けましておめでとうございます。令和になって初めての新年を迎え、皆様におかれましては、新たな夢や希望に胸を膨らませておられることと思います。本年こそは、大きな災害や事故のない穏やかな年でありますように切に願います。

今年の夏は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。開催に至るまでは、紆余曲折様々なことがありましたが、今では、懐かしささえ覚えるほどになりました。昨年のラグビーワールドカップでは、日本中が「ワンチーム」で盛り上がった感がありましたが、オリンピックはそれ以上の興奮と盛り上がりをもたらしてくれるのではないかと期待されます。また、それぞれの競技を応援し、選手の皆さんの素晴らしいパフォーマンスを堪能することと併せて、オリンピックの意義であり目的である「スポーツを通した人類の調和の取れた発達と人間の尊厳の保持に基づく平和な社会の推進」についても忘れずにいたいと思います。
昨年暮れのNHK紅白歌合戦をご覧になられた方は、「AI美空ひばり」の登場と歌声に驚かれたことと思います。AI(人工知能)の研究開発のスピードには目を見張るものがあります。将棋や囲碁の世界では、既にAIがトップクラスのプロ棋士を凌いでいます。また、2050年までにW杯優勝チームに勝つ人型ロボットのサッカーチームを作ろうというプロジェクトがあるそうですが、2050年を待たずに実現するかもしれません。人間を定義して、フランスの哲学者パスカルは「人間は考える葦である。ただその葦は、宇宙について知っている。しかし、宇宙自身は自らのことを知らない。だから弱い葦にすぎない人間は、宇宙よりも尊いのだ。」と述べています。与えられた情報を基に、自ら考え行動するAIが、自らをまた宇宙を理解しているとしたらAIと人間の境が分からなくなってきそうです。
大晦日の除夜の鐘は、私たち人間の持つ108の煩悩を祓うために撞かれるといわれます。煩悩とは、私たちの心を悩まし苦しめる欲や怒り、恨みや妬みのことです。毎年払ってもらっているはずなのに、私自身の煩悩はなかなか無くなりません。ただ「煩悩即菩提」という言葉があります。菩提とは智恵による悟りのことです。悩みが即ち悟りであるとは矛盾する表現です。しかし、正しい解釈は知りませんが、私はこの言葉に惹かれます。天台宗の僧で画家の荒了寛さんの「苦しみがなくなるのではない、苦しみでなくなるのです。」という言葉も通じるものを感じます。さすがにAIは、煩悩を持ってはいないと思います。AIが得意なのはあくまで情報の蓄積や計算です。悩み苦しむことは人間の特権だと思います。
レスポアール久山では、この一年、皆様とともに、悩み苦しみながら、様々な取り組みを通して、一人ひとりの学びや文化活動、また、心豊かな地域社会づくりのお手伝いに努めたいと思います。年末には、悩みや苦しみが喜びに変わっていればいいなと思います。

久山町文化交流センター
センター長兼図書館長 太田隆晴