もったいない
センター長コラム_9月図書館2

熱中症が心配されるほどの猛暑から、本州をすっぽり包み込んだ超大型台風の襲来、さらに、秋雨前線の停滞による豪雨と、自然の脅威に翻弄された8月でした。ここ数日、朝夕はすっかり涼しくなり、レスポアール久山の南を流れる新建川沿いの桜並木では、アブラゼミの声が影を潜めツクツクボウシが鳴き始めています。ただ、雨の晴れ間から差し込んだ太陽の光は本格的な秋の到来がもう少し先になりそうな力強さを持っています。9月は、天候に煩わされることなく読書やスポーツに、また芸術や文化に思う存分親しめる月になればいいなと思います。
「もったいない」という日本語があります。この言葉の意味を適切に表現する外国語はないそうです。アフリカ人女性として初めてノーベル平和賞を受賞したケニアの環境保護活動家故ワンガリ・マータイさんは、地球温暖化について話し合う京都議定書関連行事に出席するために来日した時に、この言葉を知り感銘を受け、国連の会議等で「MOTTAINAI」キャンペーンを展開します。2005年のことです。それから、この日本の言葉とそこに込められた思想が世界に広がっていきました。現在の状況は知りませんが、きっと世界のあちこちで「MOTTAINAI」
の思想が引き継がれていることと思われます。
先日、レスポアール久山の講座に参加された受講生の一人が、当日の参加者がいつもより少なかったことを受けて、「もったいないね」と呟かれました。「もったいない」は「物を大切にする」「無駄にしない」という意味合いで使われることが多いようですが、「もったいない」を漢字で書くと「勿体ない」となります。「勿体」は日本で造られた文字で「物の本体の意・重々しいさま・尊大なさま(広辞苑)」を意味します。「勿体ぶる」「勿体を付ける」などと使われます。そこで「もったいない」を丁寧に説明すると「そのものの値打ちが生かされず無駄になるのが惜しい(広辞苑)」ということになります。最近、本家の私たち日本人は、この言葉をあまり使わなくなったようです。ということは、その言葉の意味する「そのものの値打ちを生かそうとする心、惜しむ心」も薄れてきているのかもしれません。私たちも、講座、教室やイベントなどレスポアール久山の事業が「レスポアール久山という施設の価値を十分に生かしているか」「利用者や町の皆様にその価値をお届けできているか」という観点から、もう一度点検してみる必要がありそうです。
私たち人間の誰もが生かすべき価値あるものは、その「命」にほかなりません。子どものころ読んだ山本有三作「路傍の石」の一節を思い出しました。主人公の吾一少年への先生の言葉です。「たった一人しかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、うまれてきたかいがないじゃないか。」読書の秋勉学の秋、皆さんの人生を生かすためにも、町民図書館、レスポアール久山を是非ご活用ください。心よりお待ち申し上げます。

久山町文化交流センター
センター長兼図書館長 太田隆晴